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私の履歴書

私の履歴書(2)~「よい子」の挫折と大きな転機~

更新日:

 私は、1975年に愛知県安城市で生まれました。

 電車や乗り物が大好きで、家の近くを通るブルートレイン(夜行列車)を、ワクワクしながら見にいくのを楽しみにしているような子どもでした。

 身体は大きいのですが、どちらかといえば内向的な子どもだったようで、活発な姉と比較されて「あんたらは反対だったらちょうどよかったのにね」とよく周囲の人達に言われたものです。

 小学校時代は、友達も多く、成績も比較的いい方で、いわゆる「よい子のワタルくん」という感じでした。

 特に5・6年生の担任の先生が「熱血タイプ」の先生で、私はその先生のことが大好きでした。

 また、高学年になってからは陸上の短距離走の選手に選抜され、文字通り勉強に運動に忙しい毎日を過ごしていました。

 ただ、今から思えば、学校では常に先生たちの期待に沿うことができるように頑張って・・・いや、頑張りすぎて行動していたのだと思います。

 勉強も運動も、常に周りの目を気にして、周りの期待に応えることばかり考えて取り組んでいて、自分が楽しいとかやりがいがあるとかは、あまり実感できないままに過ごしていました。

 ただただ周りの人のために頑張る・・・そんな生き方に疑問も持たないまま、小学校を卒業し、中学校に入ってからも「よい子のワタルくん」で過ごしていました。

 しかしながら、そんな「無理をしつづける良い子」にも、中学2年生の時に、大きな転機がやってきました。

 実は、幼少期から中学を卒業する頃まで、私の家庭は色々な事情があって落ち着かない・・・いわゆる「機能不全家族」の中で育ちました。

 「無理をしつづけるいい子」であったのも、「自分が頑張らなければ」と常に背伸びをしていたのも、「機能不全家族」の中で育った子どもによく見られる「生きづらさ」をともなう思考・行動パターンだったのです。

 でも、そのような思考・行動パターンにともなう「生きづらさ」と、受験が近づいてくるプレッシャーに耐えられなくなり、私はついに「うつ」(診断名は「うつ状態、自律神経失調症」)になってしまいました。

 それからは、学校では「良い子のワタルくん」でいながら、薬を飲みながら精神科に通院する日々を続けていました。

 身体のだるさと下痢に悩まされながら、表面上は勉強に部活に何とか取り組んでいました。しかしながら、本当は楽しさややりがいなど、何一つ感じることなく、どうにもならない閉塞感だけを感じながら1年近くを過ごしました。

 そして、中学3年生になって初めての全校集会で、先生がみんなにハッパをかける感じで、受験に向けて頑張って行こうという話をしていた時です。

 頑張り続けていた私の心の中で、張り詰めていた何かがプツンと切れた感じがして、自分でも理由がわからないまま、ハラハラと涙が止まらなくなってしまったのです。

 そのような状態に戸惑いつつも、頭のどこかでは「全部壊れてしまった、もうダメなんだなぁ」と、妙に納得している自分もいて、何ともいえない気持ちになったのを、今でも覚えています。

 そんな出来事があり、主治医の先生と相談した結果、私はそのまま病院に入院することになり、中学3年生の1年間を、ある病院の小児病棟で過ごすことになったのです。

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